蘇鉄味噌(なり味噌)— 奄美の救荒食から生まれた郷土の味噌
鹿児島県奄美大島の郷土食「蘇鉄味噌(なり味噌)」。蘇鉄の実を毒抜きして仕込む独特の味噌は、薩摩藩の砂糖政策下で米不足を凌いだ奄美の知恵そのもの。文化庁100年フード認定の歩みと、現代の入手経路、奄美らしい食べ方をまとめました。
味噌のシリーズの番外編として、米でも麦でも豆でもない原料から作られる、特異な郷土味噌を紹介します。鹿児島県の奄美大島に伝わる蘇鉄味噌(そてつみそ)、別名なり味噌。蘇鉄(ソテツ)の実を毒抜きしてから仕込む独特の味噌で、米が貴重だった時代の知恵が詰まった奄美の郷土食です。
蘇鉄味噌(なり味噌)とは
蘇鉄味噌は、奄美大島・徳之島など鹿児島県奄美群島で作られてきた郷土味噌です。主原料は蘇鉄の実(奄美方言で「ナリ」)・玄米麹・大豆・塩。蘇鉄の実にはサイカシン(cycasin)という神経毒が含まれるため、水に晒して毒抜きを行った上で仕込まれます。江戸時代、奄美は薩摩藩支配下でサトウキビ栽培が強制され米や大豆の自給が制限されていました。1747年の年貢制度変更後は米不足が深刻化し、島内に広く植えられていた蘇鉄が救荒食として注目されるようになります。長く家庭で年2回仕込む暮らしの仕事として根付き、文化庁の「100年フード」(伝統の100年フード部門)にも認定されています。沖縄の味噌と混同されることがありますが、奄美が中心の郷土食である点に注意してください。蘇鉄味噌には次のような特徴があります。
米の代わりに蘇鉄の実を使う — 一般的な米味噌・麦味噌・豆味噌とは原料そのものが違う、独自の系統。
毒抜きが必須 — サイカシンは水溶性のため、2日間水に浸して水替えしながら毒を抜き、天日乾燥してから粉砕する。
玄米麹で仕込む — 浸水した玄米を蒸して黄麹菌を付け、蘇鉄の実の粉と合わせて麹をつくる。冬は7日、春は3日が目安。
3ヶ月程度の熟成 — 煮大豆と麹・塩を臼で搗き、甕で約3ヶ月寝かせる。サツマイモを加える地域もある。
濃褐色とほろ苦いコク — 蘇鉄由来のデンプン発酵で、独特のほろ苦さと深い旨味が生まれる。
代表的な作り手と入手経路
かつて奄美の家庭で仕込まれていた蘇鉄味噌ですが、現代では自家製造はほぼ姿を消し、専門の工房や物産展、通販経由が中心です。代表的な現役の作り手として奄美市のヤマア(株式会社ヤマア)があり、奄美のつぶみそや甘口醤油とともに、蘇鉄味噌(なりみそ)も流通商品として扱っています。
沖縄県の粟国島でも少量生産が続いていますが、いずれにせよ生産量が小さい希少品で、安定した大量流通商品ではありません。楽天市場や奄美物産系の通販サイトで入手可能なタイミングがある程度です。
レシピ例 — 豚味噌(島豚味噌)
蘇鉄味噌は強い風味のため、味噌汁の主役より茶請け味噌(そのまま食べる)や、肉や魚と合わせる味噌だれとして親しまれてきました。代表は奄美の常備菜豚味噌(島豚味噌)です。4人分。
豚バラブロック 200g、酒 大さじ1、生姜薄切り 数枚
蘇鉄味噌(または奄美の合わせ味噌) 大さじ4
黒糖(粉末) 大さじ2、みりん 大さじ1、酒 大さじ1
仕上げ用: 落花生またはカツオ節 適量
豚バラブロックを酒と生姜とともに30分ほど茹で、柔らかくなったら取り出して粗熱を取り、5mmほどの角切りに。フライパンに蘇鉄味噌・黒糖・みりん・酒を入れて弱火で練り、味噌が艶やかになったら豚肉を加えて全体を絡めます。仕上げに砕いた落花生やカツオ節を混ぜれば完成。冷蔵で1週間ほど保存でき、ご飯のお供・おにぎりの具・冷奴の薬味として活躍します。
もう一歩先へ
奄美の食卓には、蘇鉄味噌のほかにも、米と麦の合わせ味噌、黒糖、島とうがらしなど独特の調味料文化があります。蘇鉄の実が日常食に組み込まれていたという事実は、「米・麦・豆」という味噌の三大原料の枠を超えた土地の知恵を物語ります。奄美を訪れる機会があれば、物産館や郷土料理店で蘇鉄味噌の豚味噌や茶請け味噌を味わってみてください。
このサイトの味噌の一覧では、各製造元の商品を見比べられます。
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