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長崎・五島のあごだし — 焼きあごが生まれた島々

長崎県の五島列島と平戸は、トビウオ(あご)の代表的な産地です。短い漁期に水揚げした魚を串に刺して炭火で焼き、潮風と陽射しで乾かす焼きあご。地域の伝統と暮らしのなかでの使われ方をまとめます。

木下さおり公開 2026/5/15

九州でトビウオは「あご」と呼ばれます。長崎県の五島列島と平戸は、その代表的な産地として知られてきました。漁の期間はごく短く、お盆を過ぎて北風が吹き始めると始まり、10月初旬までのおよそ1か月半で1年分のあごを獲り切るとされます(九州あご文化推進委員会、新上五島町)。獲れたあごの多くは「焼きあご」へと姿を変え、九州の出汁文化を支えてきました。

五島・平戸とあごの漁

五島では、2隻の漁船が一定の間隔で並走しながら1枚の網を曳く「二艘曳き網漁(にそうびきあみりょう)」が行われます。漁師は風や潮、海面で群れが飛び出す様子を見て位置を読み、追い込んだあごを網に収めます。揚がったばかりのあごは紺碧の体色で、身が傷まないようすぐに氷で締めて港へ運ばれます。

平戸では、平戸瀬戸(ひらどせと)の速い潮で身の締まったあごが揚がります。江戸時代には平戸藩内で焼きあごが作られ、江戸の藩邸へ届けていたという記録も伝わります。短い漁期に集中して水揚げし、その日のうちに加工へ回す流れが、島と港の暮らしに組み込まれてきました。

焼きあごの加工工程

焼きあごは、新鮮なあごを焼いてから干す「焼き干し」の手法で作られます。工程はおおむね次の通りです。

  • 水洗い: 水揚げ後すぐに洗い、内臓を残したまま下処理を行う。

  • 串刺し: 1尾ずつ手作業で竹串などに刺す。

  • 炭火焼き: 炭火でじっくり焼き上げる。遠赤外線で中心まで火を通すことで生臭さを抑える、と平戸の加工事業者は説明する。

  • 冷まし: 焼き上がりを網に並べ、ゆっくり冷ます。

  • 天日干し: 串を外し、再び網に並べて数日間天日に当てて乾燥させる。平戸では「波棚(なだな)」と呼ばれる干し棚を使う事業者もある。

焼くのか、煮るのか。煮干しの「いりこ」が茹でてから干すのに対し、焼きあごは火で炙ってから干す点が大きく異なります。火を通すことで余分な水分が抜け、香ばしさが乗り、その後の乾燥で旨みが凝縮されていきます。

地元料理での使われ方

焼きあごの使い道としてよく挙がるのが、五島うどんと博多雑煮(はかたぞうに)です。

五島うどんは、生地に椿油(つばきあぶら)を塗りながら手延べで仕上げる細麺で、讃岐うどん・稲庭うどんと並び称されます。地元の定番は、煮立った鍋から直接麺を取る「地獄炊き(じごくだき)」。つけ汁にはあごだしを使い、生卵や生醤油を合わせていただきます。

福岡の正月料理である博多雑煮は、すまし仕立ての汁にあごだしを使うのが特徴です。江戸時代の中頃には正月の縁起物として庶民にも広がっていたと紹介されています。鰹節とは違う、雑味の少ない上品な香りが、雑煮の澄んだ汁に合うとされます。

もう一歩先へ

焼きあごは、出汁を引く前に軽く割って水に浸け、ひと晩おいてから火にかけると、香りと旨みが穏やかに立ち上がります。五島うどんに合わせるなら濃いめに、雑煮や澄まし汁なら淡めに。短い漁期と手仕事に支えられた一本を、用途に合わせて使い分けてみてください。

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