瀬戸内・伊吹島のいりこ — 讃岐うどんを支える煮干しの島
香川県観音寺市の沖合、燧灘に浮かぶ伊吹島はカタクチイワシ漁と煮干し加工で知られます。漁場と加工場の近さを活かした島内一貫生産が、讃岐うどんの出汁を支える「伊吹いりこ」の品質を生み出してきました。
香川県観音寺市の沖合およそ10km、瀬戸内海・燧灘(ひうちなだ、瀬戸内海中部の海域)のほぼ中央に伊吹島が浮かんでいます。周囲を好漁場に囲まれたこの小さな島は、夏のあいだ島ぐるみでカタクチイワシ(片口鰯)を獲り、煮て、乾かす「いりこの島」として知られてきました。
伊吹島と煮干しの歴史
伊吹島でカタクチイワシを煮干しに仕立てる営みは古く、戦後に動力船と機械乾燥が普及するなかで産地として規模を広げてきました。島の港を中心に網元(あみもと、漁網を所有し操業を取り仕切る漁業者)が並び、漁・加工・選別・出荷の各工程が徒歩圏に収まっています。観音寺市の沖合という立地と、燧灘という閉ざされた内海の漁場が、季節ごとに群れるカタクチイワシを島の経済の土台に変えてきました。
島内一貫加工の強み
「伊吹いりこ」を語るうえで欠かせないのが、漁獲から加工までを島の中で一貫して行う体制です。網元が朝の漁で揚げたカタクチイワシは、港から加工場へ運ばれ、洗浄・選別を経て30分以内に煮釜へ入ります。煮熟(しゃじゅく、熱湯で短時間煮ること)のあと、機械乾燥機で10時間から20時間かけて水分を抜き、翌日には選別と出荷が始まります。漁場と加工場が近いほど、いわしの腹割れや脂焼けは抑えられます。鮮度保持のため自家製氷を用い、運搬船で素早く港へ戻る一連の流れが、折れや傷みの少ない端正な姿と、雑味の少ない出汁を生んでいます。
讃岐うどんの土台
讃岐うどんの出汁は、いりこを軸に昆布や雑節を合わせる構成が一般的です。なかでも伊吹いりこは、香川県内のうどん店や家庭で長く使われてきた定番で、頭と腹わたを外して水出しや火入れで引く一番出汁が、つけ汁・かけ汁の骨格をつくります。煮干し出汁の旨みの主役はイノシン酸(魚介に多い旨み成分)で、ここに昆布のグルタミン酸が重なると相乗効果で旨みが立ち上がります。西日本では煮干し全般を「いりこ」と呼ぶ慣習が定着しており、香川では「いりこ出汁」という言い回しがそのまま讃岐うどんの味の説明になっています。
伊吹いりこの地域団体商標
伊吹漁業協同組合(香川県観音寺市伊吹町)は、2010年に「伊吹いりこ」を地域団体商標として出願し、2011年9月30日に登録(第5441187号)を受けました。地域団体商標は、地域名と商品名を組み合わせた名称を地域の事業者団体が独占的に使える制度で、産地のなりすましを防ぎ、品質の目印として機能します。伊吹漁協が定める基準では、「伊吹いりこ」は伊吹島の沖合で漁獲されたカタクチイワシを用い、伊吹島で加工された煮干魚類で、伊吹漁業協同組合が取り扱うものに限られます。漁期はおおむね6月から9月ごろで、解禁日に合わせて島全体が一斉に操業に入ります。
もう一歩先へ
家庭で伊吹いりこを使うときは、頭と腹わたを外して一晩水に浸す「水出し」が手軽です。透明感のある出汁が引け、うどんはもちろん、味噌汁や煮物の底味にも向きます。火入れする場合は、沸騰直前で火を弱め、5分ほどで引き上げると渋みが出にくくなります。煮干しは脂の酸化が早いので、開封後は密閉して冷蔵か冷凍で保存するのが安心です。讃岐うどんを家で打つときも、市販の出汁を買うときも、袋の産地表示に「伊吹島産」「伊吹いりこ」と書かれていたら、瀬戸内の小さな島の夏の仕事がその一杯の土台にあると思い起こしてみてください。
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